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塾長ブログ No.186 2026/10/27 ひとり灯のもとに――兼好が教えてくれる読書の楽しみ

塾長ブログ 塾長ブログ No.186 2026/10/27  ひとり灯のもとに――兼好が教えてくれる読書の楽しみ

 吉田兼好の『徒然草』第十三段に、読書の楽しみについて書かれた一節があります。
まずは、その全文。

ひとり、灯(ともしび)のもとに文(ふみ)をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰むわざなる。

文は、文選(もんぜん)のあはれなる巻々(まきまき)、白氏文集(はくしもんじゅう)、老子のことば、南華(なんか)の篇(へん)。

この国の博士どもの書けるものも、いにしへのは、あはれなること多かり。

(『徒然草』第十三段・原文)

現代語に直すと、およそ次のような意味。

ひとり、灯火の下で書物を広げ、会ったこともない昔の人を友とすることは、この上なく心を慰めてくれるものだ。

書物といえば、『文選』の味わい深い数々の巻、『白氏文集』、老子の言葉、『荘子』の文章などがある。

また、この国の学者たちが書いたものにも、今のものはつまらないが、昔のものには心を打たれるものが多い。

兼好が挙げている『文選』は、中国の古い詩文を集めた書物、『白氏文集』は唐の詩人・白居易の詩文集です。そして、老子の思想や『荘子』の文章にも言及しています。日本の古い学者たちの著作にも、心を動かされるものが多いと述べています。

鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて生きた兼好が、こうした書物を読み、そこに楽しみを見いだしていたのです。

電気もなく、夜の明かりといえば、ろうそくや灯明などに頼っていた時代。 テレビもラジオも、パソコンも、もちろんスマートフォンもありません。

そんな時代に、ひとり灯火の下で書物を開く。

そこには、何百年、あるいは千年以上も前に生きた人々の言葉があり、思想があり、人生があります。直接会うことも、言葉を交わすこともできない人たちが、書物を通して自分の目の前に現れるのです。

兼好は、それを「見ぬ世の人を友とする」と表現しました。

味わいのある言葉です。

読書とは、ただ知識を得ることではありません。時代を超えて、先人の考えに触れ、その人と心の中で対話することでもあるのです。

先日、僕も久しぶりに文庫本を片手に電車に乗りました。

若い頃は、時間さえあれば本を読んでいたものですが、最近は目も随分と衰えてきて、以前のように多くの本を読むことはできなくなりました。 それでも、ページをめくりながら、兼好の言う「こよなう慰むわざ」という言葉を、あらためて実感しました。

さて、電車の中を見渡すと、今は多くの人がうつむいています。

手元にあるのはスマートフォン。 SNSを眺めたり、ゲームをしたり、動画を見たり。 それぞれに楽しみがあり、便利な時代になったものだと思います。

以前、京都の地下鉄で、80歳近いと思われるおじいちゃんが、夢中になってパズドラをされているのを見かけました。その好奇心の旺盛さには、正直、驚かされました。 年齢に関係なく、新しいものを楽しむ姿勢は素晴らしいことです。

AmazonのKindleをはじめとする電子書籍も広く普及し、耳で聴くオーディオブックなど、「読書」の形も多様になりました。紙の本だけが読書だと言うつもりはありません。大切なのは、本を通して何かを知り、考え、心を動かされることです。

ただ、スマートフォンで次々と情報を追いかける時間と、一冊の本をじっくり読む時間とでは、心の動きも少し違うように思います。

画面をスクロールすれば、次々と新しい情報が現れます。しかし、本を読むときには、ひとつの文章に立ち止まったり、意味を考えたり、気になった箇所を読み返したりします。すぐに答えを得るのではなく、言葉と向き合いながら、自分の中で考えを深めていくのです。

僕自身、仕事柄、読まなければならない本がたくさんあります。 中国の古典、日本の古典。夏目漱石、森鴎外、芥川龍之介の名作。 現代の評論などジャンルは様々になります。

読みたい本と、読まなければならない本に追われながら、なかなか思うように時間が取れないのも現実です。

それでも、時には仕事のためではなく、ただ自分の楽しみのために本を読む時間を持ちたいと思います。

そして、生徒さん達にも、そんな読書の楽しみを知ってほしいと願っています。

本を読むことは、知識を増やすためだけのものではありません。 自分とは異なる時代や境遇に生きた人の考えに触れ、自分ひとりでは気づかなかったものの見方を学び、世界を広げていくことでもあります。

すぐに答えが見つかる便利な時代だからこそ、ひとつの文章をじっくり読み、自分の頭で考え、言葉の意味を味わう経験を大切にしてほしいのです。

兼好が灯火の下で書物を広げたように、僕たちもまた、一冊の本を通して、まだ見ぬ世界の人々を友とすることができます。

何百年も前に書かれた文章が、今の自分の心に響く。昔の人の悩みや喜びに、今の自分が共感する。そこには、時代が変わっても変わらない、人間の心の営みがあるのでしょう。

スマートフォンを少し離れ、静かに言葉と向き合う。そんな時間を、日々の暮らしの中に取り戻してみてはいかがでしょうか。

ひとり灯のもとに、本を開く。

その一冊が、まだ見ぬ誰かとの出会いになるかもしれません。

今日から読書週間が始まります。

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